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最高裁判所第二小法廷 昭和37年(オ)305号 判決

上告人 堀節治

被上告人 浅草税務署長

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士松本乃武雄の上告理由は別紙のとおりである。

上告理由第一について

論旨は、原判決が上告人の不服申立方法を知らなかつたとの主張を排斥したのを非難し、原判決に審理不尽の違法があるというのである。しかし、原判決が証拠に基づいて認定した事実によれば、原判決がこの点に関する上告人の主張を容れなかつたのは、十分に首肯できるのみならず、本来、再調査請求に関する法律の規定を知らなかつたからといつて、適法に再調査請求をしなかつたことの弁解になるわけがない。論旨は理由がない。

同第二点について。

論旨は、るる、東京国税局長が上告人の審査請求を却下したのは違法である旨を主張するのである。

しかし、所論のように、被上告人が上告人に対してした補正の通知書に「再調査請求」と記載してあり、被上告人が上告人の審査請求書を東京国税局長に送付し、また、東京国税局長が上告人に収支計算書の提出を命じたようなことがあつたからといつて、必ずしも、上告人の請求を適法な再調査請求とした趣旨とは断定できない。もとより請求書の標題に誤記があつたからといつて、再調査請求を直ちに不適法とはいえないが、原判決によれば、上告人はあくまで東京国税局長に対し審査請求をするのであつて、被上告人に対し再調査の請求をするものではない旨を言明したというのであるから、かかる審査請求が不適法であることは、法律の規定からも明白である。被上告人及び東京国税局長がとつた措置に不明確なものがあり、東京国税局長が上告人の審査請求を却下した理由は首肯し難いものではあるが、その却下決定は、結論において正当であるといわざるを得ない。適法な審査請求があつた場合に、誤つて請求を却下した場合には、更正処分の取消を求める訴の前提手続に欠くるところがないと解すべきことは論旨のとおりであるが、本件の場合、上述のように東京国税局長がした却下決定に違法はないのであるから、本訴もまた、不適法な訴と解すべきである。論旨は理由がない。

同第三点について。

論旨は、上告人はあくまで東京国税局長にたいし審査の請求をするものであつて再調査の請求をするものでない旨を明言したことはないというのであるが、要するに、原判決の事実認定を非難するに過がない。所論甲一号証に「再調査」なる字句を用いていたからといつて、その標題が審査請求書であつて東京国税局長宛のものであり、原判決の認定にかかる当時の事情からいつて、右甲一号証の書面を被上告人に対する再調査請求書と解すべき理由にはならない。論旨は理由がない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八五条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 池田克 奥野健一 山田作之助 草鹿浅之介)

上告代理人松本乃武雄の上告理由

第一点〈省略〉

第二点

一、原判決には審理不尽理由齟齬の違法がある。

原判決が援用する第一審判決理由は「不服申立をした者が何らかの理由によつて処分庁に対し再調査の請求をするものでなく、あくまで国税局長に対し審査の請求をする意思をもつていることが明確であるような場合においては、その者が提出した書面を審査請求書として取扱わざるを得ないことは当然である」という。然し第一、二審裁判所が「審査請求書として取り扱わざるを得ない」と考えても、被上告人がそのように考えたとは限らない。被上告人は甲第二号証において収支計算書貸付金明細書を「一二月二八日までに補正して下さい。もし指定期限までに補正されないときは、再調査の請求は却下されることになりますから御注意下さい」と通知した。右に言うところの再調査請求とは甲第一号証の「審査請求書」を指すこと疑を容れない。而して「再調査請求を却下」するとある以上、右「審査請求書」の提出を以て再調査請求とみなしたとせざるを得ない。仮令原判決第一審判決の言うように、上告人はあくまで審査請求をする意思であつても、被上告人は上告人より再調査請求があつたとみなしたのである。再調査請求を受理するものは被上告人であつて、第一審裁判所や原審裁判所ではない。その裁判所が被上告人の右受理をどんなに不合理と考えても、被上告人の右受理を法律効果なしとすることはできない。

二、第一審判決は甲第二号証の通知は上告人が甲第二号証か再調査請求と訂正することを前提としたというが、そのようなことは甲第二号証のどこにも表示されておらず、その他いかなる方法によるも右訂正を前提とするものであるということは被上告人より上告人に対し表示されたことがない。依つてかかる前提がみたされなかつたことを理由として甲第二号証の通知が法律上存在しなかつたことにはならない。又同じ理由で甲第二号証の通知を被上告人が撤回したことにはならない。(実際において被上告人が右通知を撤回しようとしたことさえないのである)。

三、以上のように被上告人が甲第一号証を以て再調査請求とみなしたことは、第一審判決の言うように不合理ではない。

被上告人は甲第一号証によつて上告人が更正処分に対し不服申立をしたことを否定できず、上告人が被上告人の要求する訂正をしない理由で甲第一号証の請求を却下することは、上告人の右不服申立の意思にそわないものであることを考慮し、第一審や原審の裁判官の考え方は余りにも理屈に捕われ理義に外れたものと考えたから、上告人の右訂正をしない瑕疵を宥恕したのである。

四、この点に付第一審判決は「また被告が文書により表題及び宛先の訂正通知を行なう前に収支計算書を訂正すべき旨の補正を命じたのは前述のとおりのいきさつ(内山税理士はいずれそのように訂正するつもりである旨を答えたので、この点についてはいずれ原告の訂正をまつとして)によることがうかがえる以上、このことをもつて直ちに被告が右書面を再審査請求書として認めたものと解するのは困難である」といつている。

然し甲第二号証が所得税法施行規則第四七条による補正命令である以上、歴然たる公法上の意思表示であるから「いずれ原告の訂正をまつこととして」この意思表示をしたのであるならば「原告の訂正」を停止条件とする旨表示されなければならない。然るに右停止条件の表示は甲第二号証になく、又口頭を以つても右停止条件を附した旨表示されたことがない。

然し第一審判決のいうところは甲第二号証の意思表示を以つて条件付意思表示というものではなく、上告人の前記訂正を期待していたのであるから、甲第二号証の意思表示は訂正しないことの「かし」と宥恕したことにはならないと言うようである。然し前述の如く甲第二号証の通知は右宥恕がなかつたならば絶対に法律的に考えられないものである。

甲第一号証を再調査請求書として受理したことを前提としなければ甲第二号証の通知はできないのである。甲第二号証の通知がなされ、上告人が要求された補正に応じなければ被上告人の考えによれば、上告人の「審査請求」は却下され、当然の結果として上告人の雑所得に対する納税義務は確定する。而も場合によつては右納税義務は逋脱に対する刑罰の制裁を以つて強制されるのである。かくの如く強い権力関係の発生を伴う甲第二号証の通知を、原判決のように軽々に考えて、甲第一号証の訂正をしないことを捕え、これを奇貨として後述御庁昭和三四年(オ)第九七三号事件の判決の趣旨を没却して果してよいのてあろうか。上告人は絶対に服し得ない。

五、更に第一審判決は、被告が右書面を東京国税局長に送付したのは当然の措置であつたといわなければならないというが果してそうであろうか。

右判決のいうように、甲第一号証の審査請求を再調査の請求と解することができない以上、審査請求書を被上告人に提出したのは、全く違法筋違であるから被上告人は右「審査請求」をそのまま却下すればよいのであつて、これを東京国税局長に送付する必要は毫末も存しない。宛名が東京国税局長となつているからとてこれに送付する根拠は所得税法の何処を探しても発見することはできない。

所得税法の再調査請求、審査請求に関する規定は不服申立に関する手続法規である点で民事訴訟における控訴上告に関する訴訟法規と同質のものである。民事訴訟において第一審たる地方裁判所の判決に不服である者が最高裁判所に宛てた上告状を高等裁判所に提出した場合、高等裁判所は宛名が最高裁判所となつているということだけの理由でその上告状を最高裁判所に送付することはできない。高等裁判所は民事訴訟法三六〇条一項但書の同意があるかどうかを調査し、若し右同意があれば初めて最高裁判所に上告状を送付することができ、若し右同意がなければ右上告状は不適式として却下するの外ない。

右のとおり被上告人は甲第一号証を以て再調査の請求と看做すことができなければ甲第一号証の請求を却下する以外に途はないのである。然るに被上告人は甲第一号証を東京国税局長に送付したのであるから甲第一号証を以て再調査の請求と看做した、即ち甲第一号証の前記「かし」を宥恕したといはざるを得ないのである。

六、以上の上告人の所論の正当であることは東京国税局長が甲第四号証の通知をなしたことによつて益々明瞭となる。即ち東京国税局長は収支計算書の提出を求めるだけで、甲第一号証の訂正を求めなかつたのである。若し甲第一号証が再調査の請求と認められないとすれば、再調査の請求に対する決定を経ないという理由で東京国税局長は甲第一号証をそのまま却下すべきである。かかる決定をなさないで、収支計算書の提出を命じたのは、甲第一号証が再調査請求であり、且この請求に対し被上告人でなく東京国税局長が決定することを適当と認めたからこそ甲第四号証の通知をなしたと言はざるを得ない。

七、東京国税局長は昭和三二年六月六日附を以て「審査の請求を却下」し、その理由として上告人が昭和三二年四月二日迄に、及びその後の一ヵ月の猶予期間内に収支計算書を提出しなかつたことを挙げている(甲第五号証)。このことは甲第一号証の「審査請求書」のかしを宥恕し、これを適式の審査請求書とみなしたことを明瞭に物語るものである。何故ならば若し右猶予期間の終期迄に上告人より収支計算書の提出があつたならば、実質的に審査請求を審査したであろうこと明白であるからである。ところで右収支計算書なるものは御庁昭和三四年(オ)第九七三号事件の昭和三六年七月二一日第二小法廷言渡の判決において本件の如き白色申告の場合には提出するを要しないとされているから、東京国税局長は審査請求を却下できないのである。かくの如く不適法として却下すべきでない場合に誤つて国税局長が却下した場合は所得税法第五一条の審査の決定があつたものとして適法に出訴ができるのである。

八、以上の所論は当上告代理人の独自の見解でなく、本件と同一案件に対する甲第八、九号証の判決の支持するところである。而して御庁昭和三四年(オ)第九七三号事件の判決(甲第十号証)においても「原判決によれば税務署長はこれを再調査の請求書として取扱い、所得税法四九条四項二号によつて審査請求があつたものとみなされ国税局長は審査請求として補正を命じ応じなかつたという理由で却下したというのである。本訴の上告人の請求は更正処分の取消であるから同法五一条により原則として再調査決定、審査決定を経なければ提起できないのであるが、国税庁長官又は国税局長が誤つてこれを不適法として却下した場合には本来行政庁は処分について再審査の機会が与えられていたのであるから却下の決定であつてもこれを前記規定にいう審査の決定にあたると解すべきことは原判示のとおりである」と是認されている。

以上

上告代理人松本乃武雄の追加上告理由

第一点上告理由の追加

一、原判決理由一の末段に「原審における証人住友正昭の証言ならびに本件弁論の全趣旨によれば、被控訴人は控訴人にたいし更正処分にたいする不服の申立は必ず、まず被控訴人にたいする再調査の申立によるべく直接に国税局長あての再審査の申立によることをえない旨を告げて書面の訂正を求めた事実をみとめることができる」とある。

そこで右認定の唯一の証拠である証人住友正昭の供述を見ると、被告代理人の問に対する供述第八段に次のとおりの供述がある。

だれに伝えたのてすか、

一番最初出て来た時は掘さんの代理人という内山さんという税理士を通じて一番最初は伝えました。

その結果はどういうことだつたんですか。掘さんの意向はその結果掘さんの意向は内山さんの話ですと、いや税務署へ出したんでは同じですから審査請求書を国税局長宛に出すんだと、再調査請求ではないんだというふうな解答でありました。

それで税務署としては結局どうされたんですか、

税務署は審査請求本人のほうでそういうふうに言つてきても再調査請求でないとまずいんだから、それでその後また電話で掘さんに再調査請求書に直すように伝えたり、あるいは補正命令書という文書で再調査請求書というふうに書類を改めるようにと督促した指導をするようにしたわけです。

二、そこで当時の上告人の心理を考えると次のとおりである。

甲第七号証の一にあるとおり、上告人は内山税理士から昭和三一年十一月二日右税理士と被上告人第一係長との間で上告人の雑所得額を昭和二八年度金四十万円、昭和三十年度金百六十万円とする妥協が成立したと聞かされた。然るに昭和三一年十一月五日住友正昭が電話で出頭方を要求したので上告人は内山税理士(旅行中不在なので)事務員萩原と同道して出頭したところ、右住友は前記両年度の雑所得額合計金二百五十万円と決定する旨申し渡しその後の接衝においても住友は右所得額の減額を頑として拒絶したのみならず次には翻つて金四百五十万円、更に金四百七十二万三千円と増額していき最後の更正決定においては昭和二八年度雑所得金二百四十五万八千百円、昭和三十年度雑所得金二百二十六万五千円と更正したのである。被上告人のいうところは係官によつて区区であり、しかもその増加の理由を示さない有様なので上告人はそれ以来被上告人に対する不信の念は極端に強く自分の不服の意思は全く酌量されることはないと信じていた。かかる心理状態にあつた上告人は単に甲第一号証を訂正せよと言はれただけでは何をされるか判らないという疑心暗鬼にかられて容易に訂正に応じなかつたのは当然である。

三、若しそのとき内山税理士から甲第一号証は不服申立の方式が不適式で甲第一号証の表題を審査請求書と宛名を被上告人と訂正しなければ被上告人の再調査決定は勿論東京国税局長の審査決定をも得られなくなり更に又更正決定取消の訴訟を提起することもできなくなると教示されたならば上告人は更正決定に対する不満の念が強いだけに右訂正をなしたであろうことは想像に難くない。ところが前記住友証人の供述によると上告人は右の如き教示を何人からも与えられたことがないのである。依て甲第一号証を訂正しなかつたのは偏えに上告人の所得税法規の不知に起因すると言わざるを得ない。この点からも原審に於て上告人本人尋問をなすべきであつたから右証拠調を採用しなかつた原判決は審理不尽の違法がある。

第三点

一、原判決は理由一において「控訴人はあくまで東京国税局長にたいし審査の請求をするものであつて、被控訴人にたいし再調査の請求をするものでない旨を明言した」と言つているが上告人は「再調査の請求をするものでない旨明言した」ことは絶対になく只被上告人の要求した訂正に応じなかつただけである。先ず前記住友証人の供述中にも右のような明言をしたことの証拠はない。のみならず原判決は甲第一号証の本文中に「御手数乍何卒再調査の上夫々適正額に御訂正を煩したく」とあることを見逃している。所得税法四八条一項は「不服の事由を記載した書面をもつて当該通知をなした税務署長に対し再調査の請求をなすことができる」と規定しているが本件の場合にあてはめて言えば被上告人に再調査を請求することである。ところが甲第一号証には前記のように「再調査の上」「御訂正を煩したく」とあるから右四八条一項の再調査の請求をなすことは全く十二分に表明されていると言はなければならない。右文言の次に「審査請求をいたします」と記載されていても又表題が「審査請求書」と記載されていても、その記載は単に不適当であるに止まり右再調査の請求を取り消し又は否定するものでない。更に宛名が東京国税局長になつていても甲第一号証の冒頭に押捺された「昭和三一年十二月十六日浅草税務署文書収受」の印影によつて右宛名の誤記は訂正されたと考えることができるのである。仮に訂正されたと考えられないとしても実際に被上告人に提出されているのであるから「不服の事由を記載した書面を以て」被上告人に再調査の請求をしたということを否定することは絶対にできない。

依つて第二点において主張した「かし」の宥恕がないとしても適法な再調査の請求があつたということができ被上告人がこれを所得税法四九条二号によつて審査請求があつたものとみなしてこれを東京国税局長に回付したのである。

甲第一号証に関し以上のような解釈を採らなかつた原判決は審理を尽さず条理に反する違法ありと言うことができる。

以上

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